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吉川晃司と布袋寅泰の伝説のバンド(ユニット)コンプレックスはどうだったのか?
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コンプレックス(バンド)のお勧めの曲

コンプレックスバンドのお勧めの曲は、BE MY BABY、恋をとめないで、IMAGINE HEROES、PRETTY DOLLなどになります。

BE MY BABYは、コンプレックス最初のシングル曲であり、トヨタ自動車セラ、bBのCMソングにもなりました。

恋をとめないでは、コンプレックスのカラオケ人気曲で堂々の1位を獲得していて、最初のオリジナルアルバムにも収録されています。

また、アサヒ飲料缶コーヒーWONDAのCMソングでも話題になりました。

コンプレックスにはこのように隠れた名曲がたくさんあります。

コンプレックスは吉川晃司と元ボーイのギタリストである布袋寅泰の2人で結成されたバンドで、スーパーユニットとしてすごい人気がありました。

しかし活動はたった2年で休止となりました。

そんな中、特にヒットしたのが恋をとめないでとBE MY BABYなのです。

BE MY BABYは二人の個性が絡んでいて最高にカッコイイ曲に仕上がっています。

オリジナルアルバムはコンプレックスとROMANTIC 1990だけですが、他にも活動休止前のライブを収録したライブ盤の19901108とベスト盤があります。

このベスト盤には、オリジナルアルバム未収録の曲が収録されています。

コンプレックス(バンド)はなぜ解散したのか?

コンプレックスバンドはなぜ解散したのかというと、端的に言うと2人の不仲にあります。

意見の衝突などで関係が悪化したことが要因とされています。

音楽に対する二人のアプローチの仕方が全く違ったので、これはある意味仕方のないことです。

布袋はコンピュータとギターを発展していく世界観を構築したかったのですが、吉川は大物ミュージシャンとセッションしていきたい要望がありました。

二人の思いには大きな差があり、結果的に解散となってしまったのです。

2枚目のアルバムの時は、分担作業で別々に録音しており、スタジオで二人が顔を合わせることはなかったと言います。

この時点で既に互いの関係には亀裂が走っていたのです。

そもそも布袋はもともとギタリストであり、ギタリストとしてやれることに生き甲斐を感じています。

復活公演をおこなった後でもギタリスト回帰に挑戦しているのが見て取れます。

ビジネス的なことに興味がなく純粋にロックがやりたかった吉川と、音楽をビジネス面までトータルで捉える布袋との考えには食い違いがあり、そうしている間に徐々に溝が生まれ、最後は飲み屋でのつかみ合いの喧嘩になり、解散に至ったと伝えられています。

コンプレックスが一夜限りの復活ライブを行った理由

コンプレックスが一夜限りの復活ライブを行った理由は、吉川川晃司の決断にありました。

考える前にやった方がいいと思ったからです。

それが復活の決め手となったのです。

吉川晃司と布袋寅泰が組んでいた伝説のロックユニットがコンプレックスですが、このバンドは実は1988年から1990年の2年間しか活動していません。

しかしその短い活動期間の中で、BE MY BABYや恋をとめないでなどの名曲を生み出しました。

ファンにとっては惜しまれながら解散してしまったわけですが、復活を要望する声が沢山ありました。

そんな中、2011年に一夜限りの復活ライブが行われたのです。

その理由は実に単純で、やりたいと思ったらやった方がいいと考えたからなのです。

実際、それは吉川川晃司自身がテレビ番組で復活の理由として語っています。

コンプレックスの活動については、意見の衝突など関係の悪化が原因と言われていたことから、活動休止というよりは事実上の解散と言われていました。

そのためもう復活はないとされていたのですが、2011年、東日本大震災の被災地復興支援を目的として、21年ぶりに一夜限りで復活ライブが遂行されたのです。

吉川晃司とは

吉川晃司はミュージシャンですが俳優としても活躍しています。

吉川晃司はかつては日本のロックミュージシャンとして人気を博し、シンガーソングライターとして活躍していたのですが、今では俳優業にも力を入れています。

いぶし銀の演技力は高く評価されていて、お茶の間でも人気を呼んでいます。

吉川晃司は1984年にモニカで歌手デビューして以来、LA VIE EN ROSE、KISSに撃たれて眠りたい、VENUS迷い子の未来など数々のヒット曲を輩出します。

現在は自身設立の所属事務所である株式会社アクセルミュージックエンターテイメントの代表取締役社長でもあり、幅広く活躍しています。

吉川晃司は運動神経が抜群で、修道中学校時代から水球の選手として活躍していました。

高校時代には世界ジュニア水球選手権大会の日本代表にも選出されていて、2年連続全日本高校最優秀選手にも選ばれています。

そんな中、佐野元春のコンサートを見て衝撃を受け、音楽一本に絞るようになります。

音楽の世界でビッグスターになることを誓った吉川晃司は、見事、サクセスストーリーを歩むことになるのです。